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コトノハ

V6と三宅健くんについて綴るブログ。

V6という家族


2015年7月2日に放送された、VS嵐
V6はゲストとしてやってきた。

わたしはこの回のVS嵐が大好きで、
5ヶ月近く経った今でも、週4日ほどの
ペースで観ている。

どうして、こんなに何回も観ているかというと
V6の家族感を強く感じて、ほのぼのしていて
癒されるから。

V6の家族感が大好き!というV6ファンは
多いだろう。わたしもその1人。








V6が1つの家族のように見えるのは、
最年長の坂本くんと最年少の岡田くんの
年齢が9歳も離れているという、
アイドルグループとしては珍しい、
年齢差があるグループだからというのは、
理由としてすぐに挙げられる。

けれど、それだけではない理由もあると
わたしは感じていた。









本人達も「V6は家族みたいな感じもする」と
言っていたことがあった。

坂本くんは、
「カミセン(森田剛三宅健岡田准一)が
10代の頃は礼儀を教えていた」
「岡田が異例の最速デビューして、
周りのJr.からブーイングがあった時に、
仲介に入った」

岡田くんは、
「グループ結成したての頃は、
14歳で上京してきたこともあって、
坂本くんがお父さんで長野くんはお母さんと
当てはめたりしていた」

と話していたことがあり、
家族に近い意識は持っていたことがわかる。

本人達は、「けど、家族ではない」「それは違う」
とも話していたけれど。

















でも、20周年を迎えたV6を見ても、
家族みたいだなあと思う。

もちろん、ファンが見ているV6は、
表面(6人組アイドル)であって、
裏(1人の人間が6人集まっている)を
見ているわけではない。






家族ってなんだろう。
わたしは今年、個人的な事情で、
そのことを何度も考えさせられた。

考えるだけでハッキリとした答えが
出るものでもないし、1人1人の答えは違う。
それに正解なんてない。

けれど、誰にだって言えることは、
嫌いになったとしても離れられない存在
だということ。
離れたとしても、私を構成しているのは、
家族だということ。
母親と父親がいなかったら、
私は生まれてきていないからだ。







2015年11月3日のにこにこ健°で健くんは、
V6が好きです、大好きです という言葉の後に

嫌いになって、好きになって、
それがずっと続いていけばいい

と綴っている。

他にも雑誌やパンフレットなどで、

「10周年のタイミングで解散も頭をよぎった」
「V6は4年くらいで終わりだと思っていた」
「V6ですと胸を張って言えない時期があった」
「嫌いで口も利きたくない時があった」

とメンバーが語っていたこともある。




嫌いになった時があった。
当たり前だ、血の繋がっている訳でもない
赤の他人が6人もいるんだ。

それでも、6人が20年もいるのは、
嫌いになったとしても離れられない存在(V6)で
ソロ活動しているとしても、
そんな自分を構成しているのは、V6
という思いがあったからだろう。

事実、岡田くんは、
今年のツアーパンフレットで、

「俳優の仕事をしている時は、
V6に還元できたらいいなとも思っている」

といったようなことを言っていた。
















「何かの本で死ぬ時に
自分の名前を5人覚えていてくれたら
それだけで生きていた価値はある」

と5人のメンバーに語った岡田くん。

「年齢順だとしたら、死ぬのは岡田が一番最後だし、
俺ら5人は先に天国で待ってるぜ!
MUSIC FOR THE PEOPLEを一緒に踊ろうぜ!」

と言うイノッチに、

「雲の上だからフカフカしてて踊りづらいだろうね」
と言った健くん。





V6は家族のようであって、家族ではない。
そんなことはわかっている。

だけど、
当たり前に、天国でも6人でいるつもりの人達を
ビジネスパートナーとは言えない。

だから、やっぱり家族みたいだなあと
私は今日も思った。



今日だけじゃなく、これから先も。
時には離れて、
時には大好きで大切な存在だと
確認しては6人で笑う姿を見て、
家族みたいだなあと私は思うんだろう。